2021年も年の瀬。トッパンでは例年「現代の芸術 日本絵画」と題し、20世紀を代表する日本画家の作品をシリーズで紹介するオリジナルカレンダーを制作しています。日本美術の普及と複製文化への理解促進を目指し、高度な印刷技術と企画編集力によって制作される本品は、カレンダーを超えた作品集として美術・学術関係者の方からも高い評価をいただいています。「トッパンデラックスカレンダー」の呼名でも親しまれ、2022年で36回目を迎える、まさに“トッパンの年末年始の顔”。本年を締めくくる今号では、担当ディレクター尾河由樹の「クリエイティブストーリー」をご紹介します。

培った技術と感性を注ぎ込み、日本絵画の再現に挑む

 プリンティングディレクターとして、25年以上のキャリアを持つ尾河。2019年にカレンダーセンターに異動となり、以来「トッパンデラックスカレンダー」を担当しています。プリンティングディレクター時代は、化粧品で求められる繊細な肌表現を得意とし、「クリエイターの想いを印刷物に視覚化すること」「原稿の良さを最大限に引き出し、可能な限り4色という限られた条件で再現すること」にプリンティングディレクターの価値を見出してきました。そのような尾河にとって、高品質な印刷設計力が求められる「トッパンデラックスカレンダー」の担当は、新天地であるとともに、自身のキャリアを最大限に発揮する格好の場でもありました。

 このカレンダーは歴年、日本画文化勲章受章作家の作品集として企画編集が行われます。2022年版は「山口蓬春」の作品を起用し、モダンで、かつ新たな年に相応しい明るさに満ちたカレンダーを目指しました。

表紙の《泰山木》。花の白さを演出するために、地色を引き、花弁は紙白を活かした。
タイトルには、初春を待つようなシャンパンゴールドの特色インキを特練りし使用。天クロスは上品な作品が引き立つよう鶯色に染め上げた。

原画から直接感じ取った魅力を、最大限に伝えたいから

 山口蓬春(明治26年-昭和46年)は、伝統的な日本画に西欧的モダニズムを加え、色彩・構成ともに近代感覚に溢れる世界を「新日本画」というかたちで昇華させた日本画家です。独自に到達した新日本画の姿は「蓬春モダニズム」と称され、西洋画、日本画を超えた近代日本美術の一つの到達点ともいわれています。明るく近代的な造形の追求から生まれた、洗練された構図。年を追うごとに深みを増す、岩絵の具の清澄な色彩。その斬新な日本画で戦後画壇のスターとなりながらも、晩年は事物の本質に迫ろうと写実に徹し、新たな表現の模索を続けました。

 時代とともに画風を変えていった山口蓬春。一つひとつの作品の魅力を印刷という平面世界へ忠実に再現するため、尾河は山口蓬春記念館をはじめ作品を所蔵している美術館に足を運び、可能な限り原画を直接見るようにしました。「現物の見られない作品についてはポジフィルムから情報を吸い上げ、学芸員の方々の知見も参考にさせていただきながら、印刷方法を検討していきました」と語る尾河。一つひとつ魅力の異なる作品と丁寧に向き合う尾河の姿勢があったからこそ、今回のカレンダーは、一人の作家が描いたとは思えないほど多様な魅力に溢れた作品集となりました。

責了間際に原画を目にすることが叶った《枇杷》。
画集によって色味が異なっていたが、直に目にしたオリジナルの枇杷は、手折ってきたばかりの、まだ熟しきっていない瑞々しさを放っていた。
そこで尾河は4色での設計の上にレモンイエローを差し[補色版※]、原画の持つ鮮やかなイメージの再現に迫った。

※「補色版」とは、CMYKのプロセス4色では再現できない彩度や明度を表現するために、最適な特色を加えて製版・印刷する手法。高精度な特色インキを調合するには、高度な技術と色彩を識別する能力が求められる

正確さだけでは再現しきれない、原画の本質的な魅力を見極める

 「現存する印刷物のなかで、このカレンダーが原画に一番近い複製だと自負している」と尾河が力を込めるのは、氷を与えられ涼んでいる上野動物園の白熊をモチーフにした《望郷》という作品です。清々しい空の水色、白熊や背景に配された絶妙なグレーバランス……画集には必ず掲載されている、蓬春の代表作です。

 「漫然と色が合っていれば良いということではなく、絵のなかのどこを引き立たせたいか、どこを締めるかを見極める」。尾河は、本作品を画家の魅力を伝える複製(印刷物)の到達点とすべく、心血を注ぎました。

蓬春の代表作である《望郷》は7-8月に採用。原画を見てから内容を詰め、責了前に再度原画を見る機会に恵まれた。
その幸運を最大限に活かした仕上がりに、尾河も「今回のカレンダーが現存する複製(印刷物)のなかで最も原画に近い」と自信を覗かせる。

「トッパンデラックスカレンダー」は、玉台紙に別紙で刷られた絵柄を貼り合わせる仕様。
一年を終えたら、作品部分だけを剥がしてコレクションすることもできる。
また奥付には、著名美術史家の先生方による解説ページが設けられ、英訳も添えられて海外にも発送されている。

 学生時代、自分自身も油絵を学び、近代の日本画も好んで観ていたという尾河。「トッパンデラックスカレンダー」に携わることは「20世紀を代表する選りすぐりの日本画家の作品のなかで、掘り出し物を見つけるような楽しみもある」と語ります。移り変わる季節の到来を告げるカレンダーに、日本人ならではの四季を愛でる感受性を映し、暦という機能以上の価値を生み出す「トッパンデラックスカレンダー」。「絵に年を取らせるな」と語り、晩年まで新しい表現を模索しつづけた画家の魅力と、その眼差しの先にあった自然の美しさが、今ふたたび、カレンダーのなかで輝き始めました。

2022年版トッパンデラックスカレンダー「現代の芸術 日本絵画-山口蓬春」の解説動画はこちら

PRODUCT INFORMATION

「現代の芸術 日本絵画-山口蓬春」
凸版印刷 広報本部 宣伝部
カレンダー/2021年

ディレクション:尾河由樹
印刷設計:尾河由樹・田中一也

※今回尾河と二人三脚でプリンティングディレクションを務めた田中のクリエイティブストーリーは、こちら

STAFF’S COMMENTS

ディレクター 尾河由樹

「トッパン年末年始の顔」「カレンダーを超えた作品集」とご評価いただいているこのカレンダー。品格を保ちつつ、印刷品質の高さも最高峰でなければなりません。大きなプレッシャーのなか、まずは作品の選択など暦を彩る企画に取り組み、そして長年に亘るPDの経験を活かしつつ、美大の油画で学び得た知識も総動員し、可能な限り原画を観てその魅力を印刷で再現することにチャレンジしました。年間を通してお楽しみいただけたら幸いです。