年間100種近いカレンダーを制作するトッパンの専門部隊「カレンダーセンター」。その実績とクオリティで得意先から厚い信頼を集め、「全国カレンダー展」においても毎年数多くの作品が入賞を果たしています。企業のコミュニケーションツールとして、そして暮らしに季節感と情緒をもたらす“彩り”としての機能も併せ持つカレンダー制作は、担当するディレクターが懸ける想いもひとしお。今回は、そんなカレンダーセンターに所属する気鋭のアートディレクター、山本暁の「クリエイティブストーリー」をご紹介します。

コンペを経て連続受注。勝因
は持ち前のビジュアライズ力

 若い頃からアートや写真に興味を持ち、さまざまな方向から表現の幅を広げたいと美術大学でグラフィックデザインを専攻した山本。デジタルが主流の世代でありながら、インキや紙といった物質ならではの質感や印刷物の表現力に惹かれ、2013年にトッパンに入社しました。

 最初の3年間は、住宅設備やオフィス家具のカタログ制作を中心に行う部署に所属。クライアントワークを行ううえで欠かせない進行管理能力や、撮影に関するノウハウ、印刷の基礎知識などを着々と身につけていきました。そして入社4年目、ディレクターとしてのスキルを携え、カレンダーセンターへ異動しました。

 山本が、100年以上の歴史を持つ高砂香料工業株式会社のカレンダーを担当するようになったのは2017年のこと。カレンダーの制作会社は毎年コンペによって決定されますが、実は担当を引き継いだ翌年の2018年度版では、山本の提案は採用されませんでした。しかしその後、2019年度版のリベンジで再び受注。それからは、コンペ無しで指定の会社にて制作された2020年度版を除き、2021、2022年度版と3版連続で抜擢されています。「クライアントが求めるものをビジュアル化する力には自信を持っていたい」と、語る山本。一体どういった解釈と表現によって、満足度の高い提案を実現させたのでしょうか。

「花」というテーマは共通でありながらも、異なる表現方法の作家を起用し雰囲気に変化を持たせた2021年度版(左)と2022年度版(右)の「TAKASAGO calendar」。余白を活かした静謐なデザインは、工業メーカーでありながらも感性的な「香り」を扱う、高砂香料工業のブランドイメージを的確に捉えている。

花の内面を露わにするX線で
香りを想起させる

 今回取り上げる2022年度版で高砂香料工業から出されたテーマは、「香りを想起するデザイン」。

 「香料メーカーですから、香りに関連するビジュアルであることは必須。ただ、そこで普通の花の絵画や写真を使っても共感は得られません。プラスアルファの工夫があって、より感覚に訴える表現がなされているものを使いたい。それで見つけたのが、レントゲン装置を使って花の写真を撮るオランダ人アーティスト、アルバート・クーツィールです」

 実際にクーツィールの作品を見ると、葉脈1本1本が見えるほどの透け感が絶妙なリアリティを感じさせ、植物の生命感をぐっと間近に感じることができます。その繊細な作風を引き立たせるため、デザイン面では潔い白場を設けることに注力。言われなければ気づかないレベルの細かさで数字の大きさを変えたり、書体を変えたりと、細部に気を配ってデザインを突き詰めていきました。

 海外作家を選んだことにも、実は理由があります。高砂香料工業は、これまで和のテイストを全面に出すカレンダーを展開していました。しかし2021年度版からは“和”に限定しない方向性へとシフト。「とはいえ、いきなり海外テイストに切り替えても受け入れられないかもしれない。だからまず2021年度版で適度に和を感じる日本作家を提案。それを経て、今回はさらに和に囚われない提案をしました。段階を経て絵柄のイメージを変えていくことは意識しましたね」

各提案に向けて、山本がセレクトした作家は、それぞれ10名ほど。12か月分の季節に対応できる作品があるか、版権はクリアかなどの条件からさらに絞り込み、最終的に各年度、2名の作家でデザイン案を制作し提案した。山本はカレンダーの仕事を始めてから、著作権や登録商標、事実確認など、版権管理に関する知識を取得。「先輩方に教えていただき、経験を経てだいぶ身についてきました」と山本。

 こうしたアイデアを盛り込んだ山本のカレンダーデザインは、コンペの段階から既に高いクオリティ。

 「ビジュアルの美しさを言葉で説明するのは難しいため、できるだけ完成度を上げたデザインを提案したいと考えています」と山本。

 「感性に響くものだから、自分のなかに確たる自信を持って提案したい」――そんな山本の想いは、語らずとも説得力のあるデザインとして具現化され、それがクライアントの納得につながっているのかもしれません。コンペで採用された後はほとんどデザインに修正が入らないということからも、提案に対するクライアントの満足度がうかがえます。

提案時のデザイン通りに進んだ実制作。鮮明さを高めるため、通常は175lpiの印刷線数を230lpiに。くすみが出ないよう、慎重に色校正を確認して独特の透明感を実現した。「色校で刷り上がりを見るときが、一番ワクワクする瞬間かもしれません」と山本。

根底にあるのは、アートが好き
というシンプルな気持ち

  

 カレンダー領域での実績が認められ、2019年にはグラフィックトライアルにトッパン代表として抜擢。

「錚々たるメンバーに囲まれて、印刷表現を追求する貴重な経験になりました」と山本。

      

山本の作品「オフセット印刷の不良」より抜粋。「ピアス(左)」と「モヒカン(右)」(グラフィックトライアル2019図録より)

 カレンダーの魅力を尋ねると、山本は「暮らしのなかでアートを感じるきっかけになること」と即答。アートと暮らし、アートと仕事を結びつけることは、制作を楽しむモチベーションの一つにもなっているようです。

 「普段から展示会へ足を運んだり、気になるアーティストを提案できないかとチェックしたりしています。どんなジャンルの仕事にも興味がありますが、やはり昔からアートが好きなので、文化や芸術の仕事を広げていきたいですね」

 カレンダー制作に携わるようになってから、今まで以上に花や植物が好きになり、季節のうつろいを楽しめるようになったとも語る山本。巡る季節に想いを馳せ、日々感性とスキルを磨きながら、次はどんなカレンダーで私たちの暮らしを彩ってくれるのでしょうか。

PRODUCT INFORMATION

TAKASAGO calendar 2022「Clarity and Fragrance」
TAKASAGO calendar 2021「Fragrance of Flora」
高砂香料工業株式会社
カレンダー/2020年・2021年

アートディレクション・デザイン:山本暁

STAFF’S COMMENTS

アートディレクター 山本暁

企業カレンダーはクライアントの想いを表現できる場であり、暮らしのなかで芸術に触れる瞬間を届けることができる面白い媒体です。高砂香料工業様のカレンダーは提案に対する先方のご理解もあり、この数年担当させていただくことができました。周りの方々からもご好評をいただくことが多く、制作のモチベーションにもなっています。今後もカレンダーをはじめさまざまな分野で、いいねと感じていただけるような作品づくりをしていきたいと思います。