社内に蓄積されている史資料は、活用方法次第で事業の発展やブランディングに大きく寄与する、企業の重要な資産です。その編纂物である「年史」が今、重要なメディアとして再評価されています。トッパンは大正期より年史編纂事業を開始し、1965 年には専門チームである「年史センター」を発足。以来、日本各地に制作拠点を設け、今日まで年史編纂やアーカイブ構築を手掛けてきました。一般企業史をはじめ、各種自治体史や学校史、伝記や追悼録、写真集など、その分野は多岐にわたります。今回はトッパンが培ったノウハウを受け継ぐ年史センターでディレクターを務める神谷隆太、川合健生の「クリエイティブストーリー」をご紹介します。

企業の年史編纂担当者を一番近くでサポートする

 神谷は、企業の販売促進に関わるカタログや情報誌など、紙媒体の企画制作の経験が豊富。一方、川合は会社案内や製品案内など、企業のコーポレートコミュニケーション領域の映像プロデュースに長く従事してきました。現在はともに年史ディレクターとして、書籍や Web、記録映像など、さまざまな形式の年史制作に携わっています。また近年は、年史制作と密接に関わる周年事業のコンサルティングも行うなど、活動領域が広がっています。

 トッパン年史センターでは、年史を「一般企業や各種団体・学校法人などが、その歴史を刻んでいくなかで、創・設立年から起算して、大きな節目を迎えるにあたり、自己の歴史的な道程や史資料を“自己の責任において”編集・刊行した刊行物」と定義づけています。つまり年史は外から見た歴史ではなく、内部の人たちから見た歴史の編纂物、いわば組織としての自己紹介ツール。そして企業の社史編纂担当者は、そのスポークスマンとして、組織としての公式性を持ちながら膨大な史資料に立ち向かわなければなりません。トッパンの年史ディレクターは、その担当者が年史を描いていく道のりに、パートナーとして寄り添います。通常 3 年、なかには 5 年という長い期間、手間と時間のかかる作業工程に関わり、編纂をサポートする役割を担っているのです。

年史・アーカイブソリューションセミナー(2021年11月22日~29日開催)「どんな年史を作りますか?考え方と実務のポイント」より。
神谷、川合が所属する年史センターでは、定期的に「年史・アーカイブソリューションセミナー」を開催。
年史・社史編纂の基本的な考え方、体制づくりや推進方法、実務上の具体的なポイントなどを解説するサービスを提供しています。

年史編纂と同時に、100周年に向けたアーカイブ構築も

 当社宛に「東京応化80年史」の相談が入ったのは、完成から遡ること約3年。トッパンが20年前に同社の60年史の編纂に携わった経緯から、営業に声が掛かりました。「2040年の100周年で発刊する『創業100年史』を見据え、その中間地点としての記録の収集・整理を目的に『80年史』を制作したい」「80周年の式典も予定しているため、合わせて映像も制作したい」という依頼を受け、経験豊富な神谷、川合が担当することになりました。

 「東京応化工業株式会社」は、1940年に設立されたグローバル化学企業です。「豊かな未来、社会の期待に化学で応える“The e-Material Global Company”」を経営ビジョンに掲げ、コアテクノロジーである高純度化技術や微細加工技術を深化させるとともに、近年はメインの半導体・液晶分野以外にも、新たにバイオ分野に進出。日本をはじめ、アメリカ、オランダ、台湾、中国、韓国等に製造・販売拠点を拡大し、事業を展開しています。

 2018年4月、2年後に迫る創業80周年に向けて「これまでの成功も失敗も包み隠さず掲載する年史をつくろう」と、期間限定の社史編纂室を設置。さらに、これを機会に貴重な資料をデジタル化し、総合的な保管・管理システムを構築しようと目標に掲げました。こうして、編纂室メンバー3 名と、年史センター神谷(書籍担当)、川合(映像担当)による編纂作業がスタートしました。

地道かつ緻密な編纂作業が、次世代への貴重な糧になる

 年史はターゲットが広く、社内外のありとあらゆる人に読まれる可能性のあるもの。ターゲットごとにメッセージをしっかり伝えるため、年史はひとつの形式に留まらず、目的に応じて最適なアウトプットをつくり分けるのが主流となっています。そこで「東京応化80年史」は、本編(80年の歩み)と資料編(各種データ・年表)の2本立てという仕様を採用することに。さらに「読む社史」≦「見る社史」として、ビジュアルを多用するという方針を定めました。また近年の海外展開拡大を踏まえ、本編には「海外編」も設け、親会社と子会社の2つの視点から立体的な編纂を試みることになりました。

 方針を固めた後は、社内の資料を基に、掲載する情報の取捨選択について一つひとつ議論を重ねる地道な作業が続きました。まずは基礎年表を作成し、それを基に仮目次を作成。関係部署、各拠点、また時には当事者にまで遡って確認を取り、原稿を整えていきます。扱う用語の定義や言いまわしなどは、校了まで繰り返し見直されました。また同社は技術者も多いため、専門的な話を分かりやすく嚙み砕くためのリライト作業も丁寧に行われました。

 制作期間中に始まった新型コロナウイルス感染拡大の影響で、一時期は作業が停滞することも。しかし編纂メンバーに営業、人事、総務、海外経験者、開発者など各分野の経験豊富な人材を迎え入れていたため、その後は制作も効率よく進行し、予定通り2020年12月末、無事発刊を迎えました。並行して制作された記念映像は、感染拡大予防の観点から式典こそ見送られたものの、国内・海外の拠点に配布され、多くの方に閲覧されています。

映像作品は、国内をはじめ、海外拠点に配布され、同社の歴史を学び、ビジョンを共有するツールとして活用されています。

 10年ごとに巡ってくる「周年」は、企業にとって年史を編纂するだけに留まらない、貴重なタイミングです。川合は「単なるお祝い事に終わらせるのではなく、このタイミングを有効活用し、年史と並行して継続的にアーカイブ業務を行っていくことが大切です。そうすれば、次の周年、次の世代のために有効な資産を残すことができます。年史編纂をその好機と捉え、長期的な視野で取り組むとよいですね」と語ります。

 「年史は単なる歴史書ではなく、より多くの読者にさまざまな影響を与え、課題解決につながるツールとなる可能性もあります。普段の業務のなかではなかなか浸透させづらい理念や哲学を、周年を機に社員に直接語り掛けることで、コミュニケーションの活性化を図る。そんなコンセプトを掲げて年史を編纂するケースも最近多く見られます」と神谷。

 今回80年史を制作した東京応化工業では、将来的に国内・海外の全拠点を専用システムでつなぐ構想を掲げ、グループ内で史資料を利活用すべく新たな一歩を歩み始めています。企業の代表選手として数年間にわたり走り続ける担当者と、そこに伴走しながら責任と誇りを共有するトッパンの年史ディレクター。そこに築かれる信頼関係こそが、彼らが走り続ける原動力なのでしょう。

オレンジは東京応化工業のコーポレートカラー。ブルーは80周年のテーマカラーです。

PRODUCT INFORMATION

「東京応化80年史」
東京応化工業
年史・記念映像/2018-2020年

ディレクション(書籍):神谷隆太
ディレクション(映像):川合健生

STAFF’S COMMENTS

ディレクター 神谷隆太

社史制作ディレクターは、登山家(お客様さま)と一緒に山に登るシェルパのイメージがあります。どの山に登るか、いつまでに登りたいかは登山家が決めるものですが、どのような準備をして、どのようなルートをたどれば良いかは、シェルパが指南するといった感覚です。途中珍しい植物に出会ったり、天候の乱れで立ち止まったりとさまざまなことが起こりますが、頂上に導かせていただいた時の晴れやかな気持ちは、なんともいえないものがございます。

ディレクター 川合健生

書籍は読まれづらいので動画で社史を制作したい、というご要望をよくいただきますが、動画にしたから面白くなるわけではないと思ってしまいます。どんなにかっこいい編集効果を施しても、メッセージが見えてこないと、ただのBGVで終わってしまいます。大切なのは「歴史を通してこれを伝えたいのだ」という強い「意志」を持つこと。歴史をひも解くなかで、お客さま自身にそのことに気づいていただけるよう、サポートしていこうと心がけています。