2025.11.10
【インタビュー】
「これで皆はハッピーになるか?」
指宿市とTOPPANが実践した住民と
職員に寄り添うフロントヤード改革
人口約3.6万人の暮らす鹿児島県指宿(いぶすき)市は、TOPPANとともに「指宿モデル」と呼ばれる独自のDX推進手法を構築し、低コスト・低負荷かつ職員が自走できるフロントヤード改革を実現しました。
指宿モデルでは、国の提供する「ぴったりサービス」を最大活用し、オンライン申請の拡充と窓口のデジタル化を同時に進めることで、窓口対応時間を約3分の1に短縮するという成果を達成しています。この取り組みは、行政機関における働き方の最適化や効率的な行政運営手法を表彰する「日本DX大賞2025庁内DX部門」の優秀賞にも選ばれました。
TOPPANと指宿市が実践したフロントヤード改革の具体的な取り組みと、中小規模自治体に応用可能な業務改革モデルについて、取り組みを主導してきた指宿市 総務部デジタル戦略課デジタル政策係の前田 伯さんに詳しくお聞きしました。
人口3.6万人の街が直面した「3つの壁」
—はじめに指宿市がフロントヤード改革に取り組んだ背景を教えていただけますか。
前田様:鹿児島県指宿市は、薩摩半島の最南端にある、人口3.6万人ほどの街です。温泉が有名なほか、農林水産業、観光業など多様な産業を持っています。
2022年4月に市がデジタル戦略課を設置し、2023年1月には打越 明司市長自らがYouTubeで「指宿市デジタル活用宣言」を行い、DX推進体制を構築することとなりました。
—2022年に新設されたデジタル戦略課の体制と役割を教えてください。
前田様:デジタル戦略課 デジタル政策係で、DXを担当しているのは、係長と私の2名体制です。2023年度は、国の事業に対応する関係で一時的に1名増員しましたが、基本的には常に最低限の人数での運営を行っています。
総務省が推進している地方公共団体の基幹業務システムの標準化への対応と同時に、指宿市独自のDX推進を同時並行で進める必要があるため、このリソース配分は現在もなお課題のひとつです。
—DX推進にあたって、ほかにどのような課題がありましたか。
前田様:多くの地方自治体と同じように、財源の不足と職員数の不足、そして、取り組みが短期的または局所的なものに留まってしまうという点が大きな課題でした。これらを私たちはDXに立ちはだかる「3つの壁」と認識しています。
特に財源に関しては、窓口デジタル化のシステム開発の見積もりを依頼したところ、初期費用だけで1,600万円以上、ランニングコストも含めるとさらに高額な費用がかかることがわかりました。小規模な自治体では、年間で処理する申請の総数はそれほど多くありません。システムを導入しても採算ラインに届くとは想定できず、取り組みを断念しました。
独自に構築された「指宿モデル」の成り立ち
—「指宿モデル」構築の経緯とTOPPANとの出会いについて教えてください。
前田様:そもそもTOPPANの営業担当の方が、拠点のある鹿児島市内から定期的に訪問してくれていて、そのたびに私たちの課題をヒアリングしてくれていたんです。
そこで、窓口業務のデジタル化の必要性は感じているが、予算の問題から暗礁に乗り上げているという現状と、かねてから庁内で出ていた「ぴったりサービス」を活用できないかというアイデアを、TOPPANさんに相談させてもらいました。「ぴったりサービス」は、マイナポータルの機能の一つで、住民が自治体の行政手続きを検索し、電子申請やオンライン入力・印刷ができるサービスです。
当時TOPPANさんで開発中だった「窓口タブレット申請システム」を応用し、「ぴったりサービス」を活用する提案をしていただき、改革の実現に現実味が出てきました。ここが、低コスト・低負荷で職員が自走でき、中長期的に推進できる「指宿モデル」の出発点です。
ただシステム導入を勧めるのではなく、「指宿市が目指す行政サービスの姿」というコンセプトデザインから伴走してくれたTOPPANさんの姿勢は、大変心強いものでした。
—総務省の「自治体フロントヤード改革モデルプロジェクト」への参画について振り返っていただけますか。
前田様:2023年度、総務省の自治体フロントヤード改革モデルプロジェクトを委託された12自治体の一つとして選定されたことは、指宿市にとって大きな転機となりました。「行かなくていい市役所」「書かない・待たない窓口」「その他の利便性向上」の3つに分けて、フロントヤード改革の取り組みを実施することとなったのです。
プロジェクトに伴い、オンライン申請の拡充、タブレット窓口システム、出生・転入ワンストップ、キャッシュレス決済など、全部で10のテーマを並行して推進してきました。改善施策が非常に多く、何から手をつければよいかがわからない状態でしたが、TOPPANさんが独自に内容を整理し、指宿市にとって優先度の高い内容にしぼって提案してくれた点もありがたかったです。
職員の自走化を支える勉強会とマインドセット
—職員の意識改革やスキルアップにはどのように取り組みましたか。
前田様:まずTOPPANさんが年4回のオンライン申請勉強会を実施してくれました。勉強会では、ツールの使い方だけでなく、「なぜオンライン申請が必要か」というマインドセットから、住民にとってわかりやすいフォーム設計、次年度の様式変更への対応方法まで、体系的なレクチャーをしてもらいました。回数を重ねるたびに、参加する職員の意欲とスキルが醸成されていったと感じています。
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また、プロジェクトチーム16名を選抜して、全庁的な推進体制の構築にも取り組みました。さらに、デジタル戦略課職員が3週間、市民課でコンシェルジュとして現場に入る試みも効果的でした。来庁後にどのフロアのどこの窓口へ向かえばよいか分からずに迷っている住民の方々に積極的に声をかけることで、どのようなところで迷いやすいのか、身をもって課題を把握することができました。
—こうした改革には、現場の戸惑いや目に見えない抵抗感がつきものかと思います。これらをどう乗り越えたのでしょうか。
前田様:「DXを推進しなくても、窓口業務は問題なく回っている」という理由から、改革に慎重な声が上がることもありました。たしかに、一時的に現場の負担は増えてしまいます。ただ、フロントヤード改革は、将来的に住民の方々と職員の双方にとってメリットがある取り組みを目指すことが大切です。デジタル戦略課職員がコンシェルジュとして窓口に立ったことは、職員に対して改革への熱意を示す意味でも効果的だったと思います。
また、らくらく証明書、パシッドスキャン(PASiD Scan)など複数ツールの使い分けフローを現場職員と共に作成し、小さな成功体験を積み重ねることで職員にも自信が芽生えてきました。YouTube「デジサポ指宿」での動画配信も、組織内外の理解促進に役立ちました。
こうした地道な活動の積み重ねにより、少しずつ取り組み全体の進捗が変わっていったように感じています。
改革の成果は見えてきた。さらなる効率化を目指して
—TOPPANの「窓口タブレット申請システム」の特徴を教えてください。
前田様:「ぴったりサービス」のオンライン申請フォームを、窓口タブレット用に自動変換できるのが最大の特徴です。申請データは全て「ぴったりサービス」に集約されるため、バックヤードの運用も一元化できます。
また、管理画面のインターフェースが極めてシンプルで、操作しやすい設計になっているのもありがたいですね。ITが苦手な人の心理的ハードルを下げてくれると思います。
—現在までの成果はいかがですか。
前田様:オンライン申請手続きの数が約2倍に増加、コンビニ交付利用率も前年同月比で上昇しました。また、オンラインによる申請日時を確認すると夜間や休日といった市役所が閉庁しているタイミングに申請されていることも多く「行かなくていい市役所」が前進していると感じます。
また、DX推進の先進事例を表彰する「日本DX大賞2025 庁内DX部門」の優秀賞にも選ばれました。大規模なシステム投資を行わず、国が提供する「ぴったりサービス」をベースにしたことで、低コスト・持続可能な改革モデルを構築した点が評価されました。私たちと同じように、小規模な自治体でも再現が可能だと言われた点は特に嬉しく思っています。
—今後の課題と展望について教えてください。
前田様:次なる重要課題は、基幹業務システムの標準化が完了した後のバックヤード改革です。最終的には、申請データを基幹システムに自動連携できる状態を目指しています。そうなれば今後、オンライン申請の手続きをいっそう拡充できるでしょう。
私たちはここまで「この取り組みの結果、皆がハッピーになるか?」という視点を持つように心がけてきました。これはTOPPANさんから度々言われた言葉です。
改革の推進は、システムの完成をゴールにするのではなく、使う人たちの恩恵を考えることが大事だと教えてもらいました。これからも、住民と職員双方の満足度向上を追求していきたいと思います。
—他の中小自治体へのメッセージをお願いします。
前田様:庁内でいくら呼びかけても、通常の業務が忙しくなかなか改革に踏み切れない組織は多いはずです。指宿市の場合、そこに外部の専門的な知識を持った方々が刺激を持ち込むことで、改革の一歩を踏み出すことができました。さまざまなパートナーの選択肢があるなか、TOPPANさんは自治体との取り組み事例が豊富で、各自治体の現状や課題をよく聞いてくれる姿勢が強みだと思います。
低コストかつ低負荷で始められる指宿モデルは、中小自治体が真似しやすいはずです。まずは小さな成功体験を積み重ね、職員が自走できる形に変えていくことが重要だと考えています。

自治体オンライン申請拡充・窓口デジタル化支援サービス
住民サービスの向上と職員の業務効率化を目指し、住民と行政の接点であるフロントヤードのデジタル化を支援。 オンライン申請の利用を促進しつつ 、窓口業務を効率化することで、住民と職員双方の負担を軽減します。
まとめ
今回は、TOPPANと鹿児島県指宿市が協働し、低コスト・低負荷で職員が自走できるDX推進手法「指宿モデル」の事例をご紹介しました。
TOPPANは、自治体の課題整理から改革設計、職員研修まで、持続可能な行政DXの実現をサポートします。自治体運営の効率化やDX推進に課題をお持ちの方は、ぜひお気軽にご相談ください。

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